green & blue

いろんな価値観の箱

スローモーションスピーディー

 

ご無沙汰でございます。

季節は過ぎ、気がつけば2015年もあと1ヶ月半。

いつも私はこの時期になると安心してしまう。

 

春や夏だったころはあと半年以上もある。

絶望では、けしてないけど

そんなことを漠然と思ってしまう。

 

きっと、自身の誕生日が3月ということもあるのかも知れない。

 

早く年を取りたいわけではけしてないが

それでもあと一年経たないと年をとれないのかという感覚。

 

そんな風に一年のサイクルが頭の中で流れている。

 

2015年はというと、

お恥ずかしい話半年以上社会との関わりがなかった。

その為か尚更、時間の早さと同時に長さを感じた年でもあったかもしれない。

 

最近思うことは、

社会と他人と関わっていてもそうでなかったとしても

どっちにしてもストレスは感じるということ。

 

だから、選ばなくちゃいけないんだなって思った。

 

自分の殻のなかでのストレスか

 

他人を通して時折自分に対してのストレスか

 

 

どっちにもメリットデメリットはある。

どっちがイイとか悪いとかない。

 

将来の展望なんてまったくない私ではあったが

最終的には、後者を選択した。

そこに腹をくくったら結果として就活がイイ方向へ転んだ。

仮に今の会社に拾ってもらえなかったとしても

面接を終えたあとの私は確かにどこか視界がスッキリしていた。

この事実で救われた。

 

 

結局私自身なにが言いたいのかというと

あっというまの時間のなかで

凄く頭のなかで考えた年だったなってことだろうか。

くだらないことそうでないこと

色んなことを考えた。

考えすぎるのは元々の性質であるが

自分のこの性質がネックだなって改めてはっきりと思えたし

同時に直せないところだなっても思ったし

 

諦めることって悪いことだと思っていた。

全て良くしたい直したいって思ってきたほうだったけど

 

自分の性質や心の許容範囲を知った上でも

諦めや肯定はいいんだなって。

 

そんなことをふと思った。

 

 

ただ肯定ばかりしていくのでなく

 

頭の片隅に

 

自分は不完全であるんだということを

 

おいておこうと。

 

 

 

人って慣れると心に余裕が出てくると

そんなつもりなくても謙虚さがなくなるし

すぐに思い違いをするし

 

 

他の方がどうかは知らないが、

私は少なからずそういう部分があるから。

そういうことがあるたびに

分厚い壁にぶつかって

鼻をへし折られてきたし

 

そういうことを踏まえたうえで

自分を肯定してあげたいし

人に押し付けたくないし

 

肩の力を抜いて生きたいなんて

 

 

 

なんだか一年の総括のような内容になってしまったが

 

あと一ヶ月半、もちろん生きるよ~

 

自分の尻を叩く今回の内容だと思っていただけると幸いでございます。

 

 

それでは、また。